About Odissi
曲線的でエロティックなインド古典舞踊「オリッシー」。
その起源や特徴などをご紹介します。

起源と特徴

12世紀ごろインドの西、ヒンドゥー教の大聖地として栄えてきたオリッサ地方の石造寺院で、「マハリ」と呼ばれる巫女が神様の前で儀式として奉納の踊りを舞っていたのが始まりとされています。その後、マハリの伝統は歴史の波の中で途絶え、1950年代に舞台芸術として復興されました。

寺院の彫刻が動き出したかのような、踊りであることから、オリッシーは『動く彫刻』と呼ばれています。
上半身の流れるような優雅な動きに反して、ステップは力強く複雑。首や手の指先や両眼の動きには意味が含まれます。

衣装は、オリッサ州で織られた綿やシルクのサリーに、シルバーで統一されたアクセサリー。頭には寺院の塔をモチーフにした飾りをつけ、足首には「グングル」とよばれる鈴をくくりつけてリズムを取るのに使います。

奉納の儀式の踊りですから、舞台上に「ジャガンナート三神」と呼ばれる、クリシュナの変化した兄弟の神々が飾られます。

踊りの音楽には、旋律楽器のシタール、ヴァイオリン、パンスリ(横笛)、ハルモニウム(オルガンのようなもの)、打楽器のパカワージ(両面太鼓でオリッサ名はマルダラ)、マンジーラ(鉦)が使われます。歌はサンスクリット語やオリヤー語などで歌われます。

オリッシーは二種類の基本姿勢からなります。
ひとつは首、腰、膝の三ヶ所を折り曲げて作る姿態、「トゥリバンギ」とよばれる女性的なポーズ。
もうひとつは、両手両足を左右に開いて四角形を作り、男性的なポーズで「チョーコ」とよばれます。

その他、オリッシーには8種類の眼の動き、9種類の頭の動きと、4種類の首の動きがあります。

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聖典『ギータ・ゴヴィンダ』について

オリッシーの演目の多くは、『ギータ・ゴヴィンダ』をテーマにしています。
聖典『ギータ・ゴヴィンダ』とは、12世紀に東インドの詩人ジャヤデーヴァによって書かれた恋愛詩です。

クリシュナはヴィシュヌ神、ラーダはラクシュミー(ヴィシュヌ神の神妃)と
同一視されているので、
『ギータ・ゴヴィンダ』はクリシュナとラーダの物語であると同時に、
ヴィシュヌ神とラクシュミー神妃の物語でもあります。
神の化身であり、人間界では王族であるクリシュナは、
人妻で牛飼い女である恋人ラーダをおいて
他の牛飼い女たちと愛し合います。
クリシュナに嫉妬したラーダは、
胸のうちを親しい女ともだちに綿々と打ち明け、
女ともだちのとりなしで再びふたりは結ばれるのです。

ギータ・ゴヴィンダは、
単純なあらすじのなかにも多くの宗教的な含意があり、
豊かな自然とともに劇的に描かれています。
サンスクリット古典文学は、恋愛の苦悩を描くことで、
神への信仰心や神と信者の交わりをメタファーとする
特徴があります。

「秘密の恋」というテーマが民衆に好まれたこともあり、
この叙事詩はやがてインド全域で広まり、
音楽・舞踊・美術などの様々な芸術表現に
多大な影響を与えました。

12篇の詩と23曲の歌謡で構成され、
歌の部分にはラーガ(旋律)、ターラ(拍子)が付されています。
ギータ・ゴヴィンダは写本が多く、このラーガとターラは時代や地域によって異なり、様々なバリエーションを生み出しました。

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師Guru Kelucharan Mohapatraについて

Guru Kelucharan Mohapatraは、1928年オリッサ州ラグラジプールに生まれる。
後年、寺院などの彫刻や壁画、文献などから、いにしえのフォームを研究し、長い努力の末、途絶えかけていた神殿舞踏オリッシー [ Odissi ] を再び甦らせ、インドで最高の栄誉ある賞を授与される。
1994年からオリッシー学校 「Srjan」 を設立し、オリッシーを広く世に知らしめるとともに、世界各国に門下生を持つに至った。
2004年4月7日、心臓発作で急逝。
享年79歳。

奇跡と言われた彼の業績と心は門下生たちを通じて永く受け継がれていく事でしょう。
わが師グルジー。
インドで、ある日私が寺院見物して、夜遅く帰った時も
腕組みしながらドアの前で待っていてくれた。
お説教は長かったですが・・・今は良い思い出です。
厳しい中にも父親のような優しさで育んでくれたグルジー。
ありがとうございました。  
御冥福をお祈りいたします。敬愛を込めて・・・       

福島 まゆみ

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